俳優の町田啓太さんが、活動15周年を記念したフォトブック『sign』の発売イベントに登場し、「楽じゃなかった」「裸足で砂利道を歩いてきた」と過酷な過去を明かして大きな話題となっています。
今や話題作への出演が途切れない大人気俳優の町田さんですが、「もう何も諦めたくない」という言葉の裏には、実は過去に断念せざるを得なかった「2つの夢」がありました。
それは、日本航空第二高等学校時代に挫折した「パイロット」への道と、劇団EXILEデビュー直後の大怪我によって諦めた「プロダンサー」の夢です。
この記事では、町田啓太さんが経験した2つの挫折の真相や元GENERATIONSとしての経歴、さらにニュース写真で「ギャップが凄すぎる!」と注目を集めている衝撃の「タトゥー姿」の理由まで、気になる情報を分かりやすく網羅してご紹介します!
私は町田さんのNHK大河ドラマの藤原公任役で出演されていたのが本当にすてきでした。
町田啓太が諦めた夢①日本航空第二高等学校で断念したパイロット
今でこそ誰もが知る人気俳優の町田啓太さんですが、彼の人生最初の大きな夢は、役者でもダンサーでもなく「パイロット」でした。
しかし、その夢は高校生のときに、ある身体的な変化によって諦めざるを得なくなってしまいます。彼が最初に直面した大きな挫折の真相に迫ります。
パイロットを目指して実家を離れ航空学校へ
子供の頃から乗り物が大好きだった町田さんは、本気でパイロットになることを夢見ていました。
その情熱は凄まじく、中学校を卒業すると同時に、地元・群馬県を離れて石川県輪島市にある航空専門の学校「日本航空第二高等学校(現在の日本航空高校石川)」へ進学。
親元を離れ、厳しい寮生活を送りながら夢に向かって一歩を踏み出したのです。
ちなみに高校時代の町田さんは、すでに凄まじいイケメンとして有名で、他校の女子生徒ら100人近くに出待ちをされるほどの「モテ伝説」も残しています。
夢の断念…高校2年生で直面した「視力の低下」
厳しい環境のなかで必死に夢を追いかけていた町田さんですが、高校2年生のときに大きな壁にぶつかります。それが「視力の低下」でした。
パイロットになるためには、非常に厳しい視力基準をクリアしなければなりません。
急激な視力の悪化、そして経済的な問題なども重なり、これ以上パイロットの道を突き進むのは難しいという厳しい現実に直面してしまいます。
10代にして人生の目標を失いかけた町田さんは、2年生のコース選択の際、パイロットを諦めて航空機の構造などを学ぶ「メカニックコース」へと進路変更を余儀なくされました。
絶望からの光!ダンスとの出会いが次の人生へ
パイロットという大きな夢が途絶えてしまった町田さんですが、絶望のままでは終わりませんでした。
その沈んだ心を救い、新たな光となったのが「ダンス」との出会いです。
高校の部活動で始めたダンスに猛烈にのめり込んだ町田さんは、持ち前のストイックさでメキメキと上達し、なんとダンス部のキャプテンを務めるまでに成長。
学校のダンスコンクールでも注目の的となりました。
「将来は体育の教員免許を取って、子供たちにダンスを教える道に進みたい」
パイロットの夢を諦めたからこそ見つかったこの新たな情熱が、のちの日本体育大学への進学、そしてLDH(劇団EXILE)への加入という、現在の俳優・町田啓太へと繋がる奇跡のバトンとなったのです。
町田啓太が諦めた夢②初舞台の怪我で断念したプロダンサー
パイロットの道を断念した町田啓太さんが、次に見出した夢が「プロダンサー」でした。
大学に進学し、LDHのオーディションを勝ち抜いてつかみ取ったダンサーへの道。
しかし、デビュー直後に襲った非情な大怪我によって、その夢もまた諦めざるを得なくなってしまいます。
プロへの切符!GENERATIONS候補生としての活動
日本体育大学へ進学後もダンスに打ち込んでいた町田さんは、プロダンサーを目指してLDHが運営するダンススクール(EXPG)に通い始めます。
そこで才能を見出され、2010年に「第3回劇団EXILEオーディション」に合格。
見事、劇団EXILEのメンバーとして芸能界入りを果たしました。
さらに翌2011年には、人気ダンス&ボーカルグループ「GENERATIONS」の候補メンバー(候補生)に選出されます。
関口メンディーさんらと共に全国を巡る「武者修行」を行うなど、まさにプロダンサー・アーティストとしてのデビューを目前に控えていました。
初舞台で悲劇…「左足アキレス腱断裂」の大怪我
しかし、夢に向かって一気に駆け上がろうとした矢先、町田さんを絶望の底に突き落とす悲劇が起こります。
2010年12月、俳優としてのデビュー作でもあった劇団EXILEの舞台『ろくでなしBLUES』の公演中に、なんと「左足アキレス腱断裂」という非常に重い怪我を負ってしまったのです。
ステージ上で突如襲った激痛。
初舞台を途中で降板せざるを得なくなった悔しさは、想像を絶するものだったと言います。数ヶ月に及ぶ過酷な療養生活を余儀なくされ、念願だったダンサーとしてのパフォーマンスは、思い通りにできない状態になってしまいました。
苦渋の決断…「俳優一本」で生きていくという転換点
怪我からの復帰後も、思うように体が動かない現実に直面し続けた町田さん。
さらに、その後別の箇所(右足ふくらはぎ)も痛めてしまうなど、満身創痍の状態が続きました。
「このままダンサーを目指し続けるべきか、それとも――」
葛藤の末、2012年2月、町田さんはGENERATIONSの候補メンバーから離脱し、俳優業に専念するという苦渋の決断を下します。
プロのダンサーとして生きる道を完全に断ち切ることは、身を引き裂かれるような思いだったに違いありません。
しかし、「初舞台を完走できなかった悔しさ」をバネに、「今の自分にできる挑戦は、芝居しかない。目の前にある俳優の道に全てを注ごう」と心を決めたのです。
この大きな挫折と「俳優一本」への覚悟こそが、のちのブレイクへと繋がる、町田啓太さんの人生最大の転換点となりました。
挫折を乗り越えた町田啓太の現在!会見の「タトゥー姿」の理由は?
パイロット、そしてプロダンサーという2つの大きな夢を諦めざるを得なかった町田啓太さん。
だからこそ、15周年の会見で語った「もう何も諦めたくない」「一つ一つ裸足で砂利道を歩いてきた」という言葉には、他の誰にも真似できない圧倒的な重みがあります。
そんな彼のストイックな「現在の姿」として、今回の会見ニュースで同時に大きな話題となっているのが、背中から腕にかけてビッシリと入った「タトゥー姿」の写真です。
衝撃のタトゥー姿!本当に本物なの?
ニュースの紹介写真を見て、「えっ!あの爽やかで端正な町田啓太さんがタトゥーを入れたの!?」と衝撃を受けた方も多いのではないでしょうか。
結論から言うと、このタトゥーは本物ではなく、出演作品の役作りのために施された「特殊メイク(ペイント)」です。
普段のスーツ姿や、大河ドラマなどの上品なイメージからは想像もつかないほどのワイルドな変貌ぶりに、ネット上では「とにかく凄い」「ギャップにやられます」と絶賛の声が相次いでいます。
役柄に命を吹き込む!ストイックな役作りの証
では、この衝撃的な姿は一体何の作品のものなのでしょうか?
実は町田さんは近年、人気漫画の実写化である『九条の大罪』や、激しい人間模様を描くドラマ作品などで、これまでのイメージを覆すような一癖も二癖もあるキャラクターに次々と挑戦しています。
今回の15周年フォトブック『sign』には、そうした近年の話題作の舞台裏や、役作りの過程で撮影された貴重なショットも多数収録されているため、会見でこの「タトゥー姿」がピックアップされたというわけです。
かつて怪我で舞台を降板し、「二度と悔しい思いはしたくない」と誓った町田さん。
役柄を完璧に生きるために、全身に何時間もかかる特殊メイクを施し、肉体からキャラクターになりきるその姿勢に、彼の凄まじい「役者魂」が透けて見えます。
まとめ
町田啓太さんの活動15周年フォトブック『sign』の会見をきっかけに、彼のこれまでの歩みを振り返ってきました。
日本航空第二高等学校時代に、視力低下で断念した「パイロット」の夢
デビュー直後の劇団EXILEの舞台で、アキレス腱断裂の怪我を負い諦めた「プロダンサー」の夢
10代、20代で経験したこの「2つの大きな挫折」があったからこそ、今の町田さんは「目の前にあるお芝居にすべてを注ぎ込む」という強い覚悟を持っています。
話題のタトゥー姿も、そんな彼のストイックな挑戦の証と言えるでしょう。
「20周年のときは40歳、30周年のときは50歳。粋に生きていきたい」と未来を語った町田啓太さん。
逆風を力に変えて、さらに高く飛び立とうとする彼の背中を、これからも全力で応援していきたいですね!